審査請求の取り下げについて

概要
発行月
2024年11月
業務分野
ダウンロード

ダウンロード

概要

中国における審査請求の取り下げ可否を調べる機会があり、それを機に他の国の審査請求取り下げ要否を調べたところ、特許法や特許規則で明文規定している国とそうでない国がありました。今回は各国の審査請求の取り下げについて紹介します。

目次

1.審査請求の意義
2.審査請求の取り下げ要否を明文で規定している国
3.審査請求の取り下げ要否を明文で規定していない国

1.審査請求の意義

審査請求は、出願人に対し出願から一定期間経過する間に権利化の必要性を検討する猶予を与え、また、特許庁において出願人が権利化不要とする出願の審査を回避すること(特許庁の負担削減)を目的とします。審査請求の取り下げは、特許庁の負担削減の観点から審査請求制度と抵触するように思われますが、他方で、審査請求後に事情変更が生じ審査請求を一旦キャンセルできる柔軟な対応を求めたいという視点もあります。

2.審査請求の取り下げ要否を明文で規定している国

(1)審査請求の取り下げを認めない国: 日本(特許法第48条の3第3項)、欧州(特許規則第70条)、韓国(特許法第59条第4項)、台湾(特許法第38条2項後段)、フィリピン(特許規則第804条)

 ①日本では、一般的に以下の理由で一度行われた審査請求を取り下げることができません。

  ・審査請求は審査開始の条件にすぎず、審査請求手続き自体が特許庁に係属するわけではない。
  ・審査請求の取下げを認めると、それまでに行った審査が無駄になる。
  ・審査請求後でも特許出願自体の取下げができるため、審査請求の取下げを認める実益がない。

 ②日本以外の国においても、同様の理由で審査請求の取り下げは認められていません。

(2)審査請求の取り下げを認める国: ドイツ(特許法第44条第5項)、ロシア(経済発展省命令(2023年2月21日付第107号)第36条)、シンガポール(特許法第29条第10項、第11項)、ベトナム(特許規則第3章第17条第2項)、ユーラシア特許(特許規則第12.2条)

 ①ドイツでは、いつでも審査請求の取り下げが可能ですが、審査請求が取り下げられても審査は継続します。理由は、出願人が審査請求を取り下げることで出願の拒絶を回避し、不当に仮保護の権利を長く保持する可能性を排除するためです。審査請求を取り下げても、審査請求費用は返還されません。
 ②ロシアでは、ロシア特許庁が審査請求受理通知を発行する前であれば審査請求の取り下げが可能です。この受理通知は審査請求後すぐに発行されるため、審査請求の取り下げは実際のところ難しいようです。審査請求を取り下げても、審査請求費用は返還されません。
 ③シンガポールでは、出願人が複数の審査オプションを柔軟に選択できるように審査請求期限前であることを条件に審査オプションの変更を認めます。出願人は変更の際に最初に選択した審査オプションの審査請求を取り下げることができます。審査オプションの1つの補充審査請求が2020年1月1日以降の出願から利用できず、それ以前の出願のみ審査請求の取り下げが可能です(現時点で認められる案件は僅かです)。
 ④ベトナムとユーラシアでは、審査請求費用返還請求を認める例として審査請求の取り下げを挙げています。ベトナムは現在改訂中のガイドラインにおいてこの返還請求を削除する予定があること、実際に審査請求の取り下げはほとんど行われていないことから、取り下げの可否は実務上不明確のようです。

3.審査請求の取り下げ要否を明文で規定していない国

(1)審査請求の取り下げを認めない国: アルゼンチン、カナダ、中国、インドネシア、インド

上記国において複数の現地代理人に問い合わせたところ、審査請求の取り下げを認める規定がないため、期限が到来する前でも、また、審査官が審査未着手であっても、認められないとのことです。冒頭の中国の件は、現地代理人より「審査請求書提出」の一報を受領するも諸事情により提出キャンセルの可否を確認したところ、可能であると回答がありました。しかし、実際は審査請求が結果的に無効となったようです。中国の審査請求は期限内に申請書提出と庁費用納付を行う必要があります。申請書提出のみ先に行う場合は申請書提出日から2ヶ月以内に庁費用納付を行わなければ申請書提出が自動的に無効になります。本件はこれに当たりました。申請書提出と庁費用納付を両方行っていた場合、審査請求は有効となり取り下げることはできませんでした。

(2)審査請求の取り下げを認める国: オーストラリア、ニュージーランド、ブラジル、イギリス、タイ

上記国の複数の現地代理人に問い合わせたところ、審査請求の取り下げを認めないという規定がないため、実績は少ないものの審査官の裁量に基づき認められる場合があるとのことです。ブラジルでは、審査請求後の自発補正は認められる範囲が限定的なため、補正を行う目的で審査請求を取り下げることもあるようです。

審査請求の取り下げを明文規定している国とそうでない国の違いについて現地代理人に尋ねてみましたが、体系的な説明や情報を得ることができませんでした。明文規定で認める国でもその条件や効果が国毎に異なりますが、「開始された審査を無駄にしない」という考え方は明文規定の有無にかかわらず共通認識とされており、この点は審査請求の取り下げを認める国もそうでない国もすべての国で統一されているようです。