概要
2026年1月1日付で台湾の実体審査延期申請制度、5月14日付で韓国の実体審査猶予制度がそれぞれ一部改正されました。今回は実体審査の開始を猶予する制度について紹介します。
※実体審査の開始を猶予する制度の有無を問い合わせた国:
中国、韓国、台湾、アメリカ、カナダ、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、欧州特許、ドイツ、イギリス、イスラエル、ロシア、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、インド、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム、オーストラリア
目次
- 実体審査の開始を猶予する意義
- 実体審査の開始を猶予する制度
1.実体審査の開始を猶予する意義
多くの国において、実体審査は審査請求を待って行われます。審査請求の主な目的は、出願後に出願人に対して権利化の必要性を検討する猶予を与えることです。しかし、出願人は審査請求後においても発明の実現可能性や市場性を再評価する時間を確保したい場合があります(出願戦略、特許ポートフォリオ、および特許の商品化スケジュールの都合により同一ファミリー内の対応出願の審査結果を待つなど)。実体審査開始の時期に出願人の意向を反映させることができると、出願人の事情に応じた権利取得の手続き進行が可能となります。
2.実体審査の開始を猶予する制度
審査請求の他に、審査請求期限自体の延長と、実体審査開始猶予申請があります。(本稿では、出願取下げに対する回復手続きを行った結果として実体審査開始が猶予されるケースは省略します。)
(1)審査請求期限自体の延長を認める国
カナダ(庁通知から2ヶ月)、ロシア(2ヶ月)、インド(最大6ヶ月)、シンガポール(最大18ヶ月)、マレーシア(修正審査請求において①非PCTルート出願は出願日から18ヶ月、②PCTルート出願は出願日から4年を、それぞれ5年に延長)において、延長に係る庁費用を納付して審査請求期限を延長することが可能です。
(2)実体審査開始猶予申請を認める国
①審査請求制度がある国では、中国、韓国、および台湾、審査請求制度がない国では、米国とイスラエルです。制度内容の詳細は下記一覧をご参照ください。
②審査請求制度のある国において実体審査開始を猶予するには、期限延長を認める方がシンプルに思えます。審査請求期限の延長ではなく、実体審査開始を猶予する制度を導入した背景を現地代理人に問い合わせ、以下の回答を得ました。
・中国では、審査請求期限を変更するには煩雑な立法プロセスを必要とし時間がかかる。韓国では、当時の実体審査遅延問題への意識から、審査請求期限の延長は遅延問題を長期化させる恐れがあるため、審査請求が確実に行われることで実際に権利化の意思がある出願に限って審査の遅延を許容することを選んだ。台湾では、審査請求期限短縮、および審査請求取下げ不可に対する救済措置という位置づけとなっている。
・特許庁は、審査請求件数の現況を把握でき、今後必要となる業務を予想し、それに応じて業務調整できる。
・出願人は、審査請求を失念するリスクなく、実体審査開始時期を調整できる。
・第三者は、審査請求されると出願人における当該出願の重要度(権利化の意思またはその可能性)や自身にとっての侵害リスクをある程度推測できる。
(3)審査請求制度のみを持つ国
上記以外の国は、実体審査開始の猶予は審査請求期限の範囲内で認められていること、および公共の利益(産業の発展)の側面から迅速な審査が望ましいことから、審査請求以外に猶予を認める必要はないとします。一部の代理人は、審査請求後でも実体審査開始の猶予が必要な場合は、形式審査にて時間を稼ぐ(意図的に出願時の書誌事項や提出書類の不備を生じさせ、これが原因となる形式要件不備の庁通知に応答する際に、応答期限の延長を利用して応答する)、あるいは、審査官に対して非公式に実体審査開始の猶予を要請する(審査官が応じる保証は無い)なども、手段としては検討できるとしています。
韓国や台湾では、実体審査開始猶予制度を利用する出願人が増加しており、出願人の意向がきめ細やかに反映されるように改正されています。各国特許庁は出願人の希望に応じて早期審査、早期権利化を目的とした制度を整備していますが、他方で、増加する実体審査開始猶予の需要に対しても一定の柔軟性をもった対応(手続き制度の整備など)が期待されます。
【実体審査開始猶予申請制度の詳細】
1.中国
(1)実体審査開始猶予申請の有無にかかわらず、実体審査開始通知は通常どおり発行されます(実体審査手続きに入った後に実体審査開始猶予申請で指定された期間は待機列に置かれることになります)。したがって、自発補正の期限(同通知発行日から3ヶ月)は実体審査開始猶予の影響を受けません。
(2)実体審査開始猶予期間は、特許期間調整(PTA)の「出願人に起因する不合理な遅延」として扱われます。
2.韓国
(1)今回の改正により、実体審査開始猶予申請の取下げまたは審査開始日指定の変更期間について、「申請より2ヶ月」が「意見提出通知書または特許査定書を受け取る前まで」に変更されました。
(2)※1について、申請回数制限に関し法律や規則に明文規定が無く、制限無とする見解と、1回に限るとする見解に分かれます。後者の見解において、申請期間(審査請求日から9ヶ月)に実体審査開始猶予申請を取下げた場合に限り、申請期間内であれば追加1回の実体審査開始猶予申請が可能であることを審査官に確認しています。
3.台湾
(1)今回の改正により、①申請期間を3年から5年に延長、②申請回数は1回のみ、③特許庁において実体審査開始猶予申請が公益または第三者の利益に重大な影響を及ぼすと判断された場合は申請不可、に変更または明文化されました。
(2)※2について、申請取下げ後の取扱に関し法律や規則に明文規定は無いものの、取下げ後の順で審査されるというのが多数見解ですが、元の審査着手順に復帰するという一部見解もあります。
4.米国
(1)※3について、実体審査開始猶予申請を取下げた後、再度申請することに関する法律や規則の明文規定は無いものの、1st OAまたは許可通知が発行されない限り、特許庁は再申請を認める可能性がある(ただし保証はされない)とする見解があります。
(2)※4について、出願人は3年よりも短い期間の猶予を申請することが可能です。
(3)実体審査開始猶予期間は、特許期間調整(PTA)の「出願人の遅延」として扱われます。
(4)米国特許庁は現在(2026年4月9日から1年間)、PCT Informed Examination Request Pilot Program(PIER)を実施しています。PCT移行出願のうち選定された出願において、国際段階の成果物(国際調査報告書や国際予備報告書)の情報提供要求通知が発行されます。出願人は、①実体審査を進める(予備補正の提出も可)、②実体審査を延期する、③出願を放棄する、のいずれかを期限内(通知日から2ヶ月/最大4ヶ月延長可)に回答します。出願人の実体審査希望を確認することにより審査の件数と期間の短縮を図ることが目的です(審査請求のもう1つの目的と一致)。
②の場合、延期要請の受領日から12ヶ月間実体審査の開始を延期できます(この期間を短縮することはできません)。出願人は追加費用を納付せずに発明の価値と商業的可能性を検討する時間を確保でき、実体審査開始猶予申請と類似の効果を得ることができますが、期限内に回答しなければ出願放棄とみなされるため、注意が必要です。
5.イスラエル
(1)※5について、審査開始時期については、対応出願報告の提出時に申請することが推奨されています。
特許庁HP(https://israelpatents.justice.gov.il/search/en/search)の案件画面に表示される”Pendency for exam ** months”を確認して見当をつけることも可能のようですが、情報の正確性や適時性は保証されていません。
(2)※6について、申請回数制限に関し法律や規則に明文規定が無く、複数回可能とする見解と、1回に限るとする見解に分かれます。前者の見解において、2年の期間を1回で申請することも、2回に分けて申請することも可能だが、3回目の申請の際には詳細な理由書を提出した場合にのみ認められるとします。
